ブラウザでダイアログを無限に表示し続けるジョークプログラムを入れたページへのリンクを掲示板に書き込んだ3名が、1人は13歳のため補導、2人は書類送検されるという事件が報道されました。
不正プログラム書き込み疑い補導 – NHK NEWS WEB
このニュースに対し、Twitter等のネット上では警察の判断が不適切であると騒ぎになっています。
ここで問題にされている行為やページがいかに取るに足らないレベルのものであるかは以下の記事に書かれています。
書いてある通り、問題となっているのはブラクラとも言えないレベルの、開いたら「なにくだらないことしてるんだHAHAHA」とひと笑いしてタブを消したらPC上からも記憶からも跡形もなく消え去るレベルのジョークページです(僕も念のため curl でページを取得したり実際にアクセスしてみたりしましたが、確かに無限ループでalert()しているだけの「くだらない」処理でした)。さらに今回はそのページのURLを掲示板(しかもネット上でくだらない書き込み合戦を楽しむ類のサイト)に書き込んだ、というさらに「幼稚ないたずら」レベルの行為だったのですが、それを問題視して今回の摘発がされたようです。
法律的な観点からこの行為が問題になり得るのかについては、法学者の方の意見が以下のブログ記事に書かれています。こちらも勉強になりました。
不正プログラム書き込み疑い補導」という記事について – 雑記――刑事法学の研究と教育を巡って
この一連の流れを見ていて、警察・メディア・ネットユーザーの各方面でいろんな問題があるんだなあ、というのが僕の率直な感想でしたので、それらを順番にひとつずつ書き出してみたいと思います。
警察の問題
まずはなぜ警察がこの件で家宅捜索した上で補導・書類送検をしたのか、という問題です。
その前に補導について法的根拠などの知識があまりなかったのでざっと調べたところ、警察庁の以下の資料が見つかりました。
この資料の4ページ目に「街頭補導」(おそらく今回もこれ)の説明があり、さらに補導対象となる少年の定義として、1、法に触れる行為をした「非行少年」 2、法には触れないけれども「自己または他人の徳性を害する行為」を行った「不良少年」というものがあります。
もしかして今回は「不良少年」扱いだった可能性を考えると、警察は法律とは関係なく道徳的に「良くない」と判断した子供に対しても補導をすることができるため、もしかしたら今回(ITリテラシーに疎い)誰かに迷惑をかける(かもしれない)ページのURLを書き込んだ中学生を、「こんなことしたら迷惑がかかる人がいるかもしれないだろ!」と一言補導するのはそれほど騒ぎ立てることではないのかもしれません。
しかし一方で、報道を読む限り同じ行為をした30代、40代の男性がそれぞれ「書類送検」されています。
書類送検とは、パッと調べると「犯罪をしたという疑いをかけられた人」を「検察官が主体となって取調べ等の捜査を行」うよう警察が「取調べの結果などを書類にまとめて検察庁に送る手続」のことだそうです。
つまりこちらは補導とは違い、行為が「違法」だと言えるための根拠となる法律が必要になります。
ITメディアの記事によると、今回根拠となる法律は刑法168の2「不正指令電磁的記録供用未遂」だそうで、これはまさに今月判決を迎えようとしているCoinhive裁判で争点となっている条文です。
(不正指令電磁的記録作成等)第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録2 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。3 前項の罪の未遂は、罰する。
僕もこの裁判で不正指令電磁的記録に関する法律に興味(というか知らなければ身を守れないという危機感)を持ち、大コンメンタール刑法というものを読みに国会図書館まで足を運びました。
今回のプログラムがこれにあたるかどうかは究極的にはCoinhiveの件のように裁判してみて判決を出してみないと分からないことですので迂闊に触れませんが、問題はこの法律を根拠に警察が動く際の基準が全く分からないことにあります。
例えばこの事件ひとつをとってみても、同様の事象を引き起こすページのURLを書き込むことなんてこれまで頻繁にあったでしょうし(事実、今回補導された少女は自分も同じように誰かが書き込んだURLを開いたことがある旨の供述をしています)、それ以前にこのようなページを作成した人たちがそれこそ何年も前からいるはずですが、その人たちには全く触れられず今回突然この3人が家宅捜索され補導・書類送検されています。
ただでさえ基準が曖昧であることが問題視される不正指令電磁的記録に関する法律ですが、今回は明らかに同様の行為をしている人たちが無視されていることを考えると、何か別の行動基準があるのではないかと邪推してしまいます。
個人的な感想として、仕事・趣味としてWebサービスの開発を日々している身としてはこのような不明確な基準での権力行使は「怖い」以外のなにものでもありません。例えばサービスの質の向上、ビジネスの継続などの目的でサービスに組み込んでいた機能が、ある日突然「違法である」と令状を突きつけられ、場合によってはサービス開発に必須なPCやサーバーを差し押さえられ(つまり事実上のサービス停止)、取り調べや裁判によって仕事そのものをストップさせられる、そんなことが自分にもいつ起こるか分からないからです。
警察へは、なぜ「この3人が」「このタイミングで」捜査の対象になったのかをぜひ明らかにしてほしいと思います。
メディアの問題
メディア(特に最初に報道したNHK)に対しては、結果的にこれだけ問題視されることになった、「いたずら」レベルの行為に対する「不正指令電磁的記録」を根拠にした書類送検がなんの疑問や問題提起もなく報道されたことを問題と感じています。
警察の行動や3人が実際に行った行為、当該サイトの確認、不正指令電磁的記録に関する議論(特にCoinhive裁判)などなど、僕のような素人が考えただけでも取材の対象は数多くあり、それらを取材した上で記事を書けるのが企業としてのメディアの価値だと思っているのですが、この記事を見る限りそのような取材は全くされておらず、ただ警察から仕入れた情報をそのまま流しただけ、という印象を受けてしまいます。
それどころか、出ている情報を見る限り13歳の少女と2名の男性の行為に差はないのに、まるで13歳の中学生「だけ」が主な当事者であるかのような記事を書く姿勢にも疑問を感じます。
もしこれがこの中学生だけ特別に何か違法性の高い行為をしたというならまだ話は別ですが、そうではない(と思われる)以上、「サイバー犯罪」をしたのが「中学生」の「女子」であることを強調した方が「話題になる」からという理由だけでこのような記事構成にしたのではないかと疑ってしまいます。読者の印象を不当に操作するようなことはぜひやめてほしいと感じます。
またそもそも、この事件は記事にするべきものだったのか、という問題もあります。
記事にすれば当然補導をされた中学生が注目され、場合によっては特定され、補導とは別のところで社会的なダメージを受けることが予想されます。この行為が罪なのかがまだ議論の段階であることを考えると、もし罪ではないと結論づけられた場合の当事者への悪影響などはどうするつもりなのでしょうか。
また指摘されている方もいる通り、このような「くだらない」行為をさも「サイバー犯罪」であり、警察が成果を挙げたように報道してしまうと、逆に本当に犯罪行為をしようとしている人たちに「警察はこの程度のいたずらの検挙にリソースを割いている」「サイバー警察にはこの程度の知識や技術しかない」と思わせてしまう危険性があります。そう思わせておいてちゃんとそのような重大犯罪も摘発できるのならまだマシなのですが、事実としてそのような事例があまりPRされていない以上、重大な犯罪を助長する結果になることを懸念しています。
一般ユーザーの問題
最後にこのニュースを読んだ一般ユーザーの認識の問題です。
今回の件を問題視する声に対して「悪いことしたんだから逮捕されて当然でしょ」という意見をちらほら見かけます。
Coinhiveの件もそうでしたが、「倫理的に良くないこと」と「刑法上罪となること(つまり警察が検挙すべきこと)」は明確に別であることをまず認識する必要があります。
確かにジョークプログラムを作成して一般に公開したり、そこへ誘導したり、といった行為は倫理的に見れば良いことではなく、親や教師が「こら!なんでそんなことするんだ!」と叱る類の行為でしょう。ただそれが現在の刑法と照らし合わせて罪となるかはまた別の話です。
刑法上の罪と倫理は全くの別で、刑法を知らない人が「これは悪いことだ!」と感じた行為が必ずしも違法であるとは限りません。また、今回のように「不正指令電磁的記録」という、適用できそうな条文があったとしても、それに当てはまるのかどうかは立法の経緯や付帯決議、刑法解釈など様々な専門要素を考慮した上で判断されるものであるため、やはりこれが罪かどうかは一般人が断定口調で発言できるものではないのです。
もしかしたらこの行為がエスカレートして罪になる可能性もなくはありませんが、だからと言って今この段階で警察が動くものではありません。それはそれ、エスカレートした時の話です。(ただし、前述の通り「補導」は「こら!何やってるんだ!」レベルでできるので、中学生に対しては適切な対応だったと言えなくもないかもしれません)
「これを問題と思わないIT界隈の人間の感覚が異常」という声がありますが、むしろ「迷惑をかけたらことの大小に関係なく逮捕されて良い」という感覚の方が異常なのではないかと思います。
僕が見ているのは主にTwitterなので、もしかしたら適当なツイートを吐き捨てたい適当なアカウントの発言が目に入っただけなのかも、という気もしたのですが、どうやらITリテラシー教育を専門とするジャーナリストの方や、昔ネット被害にあった有名人の方など、それなりに知名度や発言権を持ったリアルな方が同じようなことを発信されていたので、どうやらネット上の情報というのは思っている以上に発信者によって脚色され、さらにそれをそのまま鵜呑みにするユーザーで溢れているのではと勝手に恐怖しているところです。
まとめ
発信者は脚色します。倫理の問題と法律の問題は別です。法律は想像よりはるかに複雑です。
最低限、「警察が動いたから悪いこと」という先入観は持たずに、根拠となる法律や問題とされる実物(今回は掲示板への書き込みやURLのページ)を見た上で「自分のアタマで考える」ことが、どの方面の方々にとっても(もちろん自分にとっても)大事なのではないかと思います。
※「自分のアタマで考える」の元ネタはちきりん著「自分のアタマで考えよう」です。アフィリエイトではありません。念のため。